「これ習って何の役に立つの? 日常生活で使わないじゃん」
──学生時代,一度はそう思ったことがあるのではないでしょうか。
私は,テストや入試のための勉強があまり好きではありませんでした。成績という数値で人の価値を測るような塾の雰囲気にも,どこか違和感を覚えていました。
でも,知的好奇心そのものはずっと高い方でした。
何かを理解して,「あ,そういうことか!」と点と点がつながる瞬間。関係ないと思っていた出来事が一本の線で結ばれる,あの“あは体験”がたまらなく好きでした。
つまり,「勉強」そのものが嫌いだったわけではなく,学びの意味づけが見えていなかったのだと思います。
大人になって社会の仕組みを知り,科学を横断的に理解できるようになった今,「あの時,もう少し真剣に学んでいれば」と思うことが増えました。
そして今は,親として子どもに接するとき,知識と知識を“つなぐ”声かけを心がけています。
目次
科目を横断して見える,知のネットワーク
SNSで見かけた,ある小学校の先生の言葉が印象的でした。
国語は「他者の気持ちを理解するため」
算数は「考える力をつけるため」
英語は「世界に活躍の場を広げるため」
理科は「世の中の仕組みを知るため」
社会は「過去を学び,未来をより良くするため」
この言葉を見て「本当にその通りだな」と思いました。
けれど,当時の私が小学生のときに聞いても,きっと深くは刺さらなかったでしょう。
なぜなら,学校教育では,科目ごとに知識が“独立した点”のまま教えられることが多いから。でも,実際の世の中ではそれらが密接につながっている。
そうした知識の連関を見せてくれたら,もっと勉強が楽しく感じられたと思います。
今回は,私が大人になってようやく「つながった!」と感じた2つの例を紹介します。
キリスト教概論「タラントンのたとえ」と政治経済「お金の価値」
私の高校はキリスト教系の学校でした。生徒の大多数がキリスト教を信仰しているわけではないという変わった学校でしたが,「キリスト教概論」という授業がありました。いわゆる道徳的立ち位置。
その中で何度か登場したのが,新約聖書の「タラントンのたとえ(マタイによる福音書25章)」です。
タラントンのたとえとは
旅に出る主人が,3人の僕にそれぞれお金(タラントン)を預けます。
1人は5タラントン,1人は2タラントン,もう1人は1タラントン。
最初の2人はそのお金を使って商売をし,倍に増やします。
しかし最後の1人は「失くしたら困る」と地中に埋めてしまいました。
主人は,行動して増やした2人を褒め,何もしなかった1人を叱ります。
ちなみに,この「タラントン(talanton)」という単位,英語の“talent(才能)”の語源でもあります。努力や挑戦を通じて自らの「資源(お金や才能)」を眠らせず,勇気を持って行動することの大切さを説く寓話です。
※今回は,純粋に通貨の単位として解釈します。
ただ,バブル崩壊頃に生まれ,デフレしか知らなかった高校生の私には,この話がまったくピンときませんでした。
「銀行に預けておくのの何が悪いの?」という感覚。3番目の僕が主人に怒られる理由がわかりませんでした。
でも今になって思います。もしこの時,政治経済の授業とつなげて学べていたら──
「宗教の物語」が,実は経済の仕組みと深く通じていることに気づけたかもしれません。
- お金とは何か?
→ 「モノやサービスと価値を交換するための道具」
(つまり,物々交換を便利にした“信用の媒介物”) - 社会におけるお金の役割は?
→ 「企業の生産活動や,個人の生活を支える“血液”的な役割を果たす」
(お金が流れることで経済が循環し,滞れば“貧血”状態になる) - 経済が成長するとはどういうことか?
→ 「企業の活動が活発になり,人々の所得や消費が増えること」
→ 「結果として,企業の価値を表す株価が上がり,社会全体の富が拡大する」 - 経済を成長させるために必要なことは?
→ 「お金を貯め込むのではなく,使う(投資・雇用・消費)ことで循環を生むこと」 - インフレが進むとどうなる?
→ 「同じ金額で買えるモノの量が減り,お金の“相対的価値”が下がる」
→ 「つまり,お金は“動かしてこそ価値を持つ”存在だとわかる」 - タラントンのたとえを経済的に再解釈すると?
→ 「資産(タラントン)を眠らせるのではなく,社会に循環させることで新たな価値を生む」
→ 「挑戦し行動することは,単に利益を得るためではなく,社会の血流を保つ行為でもある」
→ 「地中に資産を埋めていても,目減りしていくので,資産を守ったことにはならない」
もしこのように,宗教の寓話を経済の仕組みと照らし合わせて学べていたら,“タラントンのたとえ”は単なる道徳ではなく,「資産を活かし,社会を動かすことの意味」を教える経済的メッセージとして,もっと深く理解できたのではないかと思います。
家庭科「ビタミンは体を整える」と生物「補酵素の働き」
家庭科で習う「五大栄養素」。炭水化物・脂質はエネルギー源,タンパク質・ミネラルは体をつくる材料,
そしてビタミンは「体の調子を整える」。……でも,「整える」って何?
当時の私は,その一言があまりにも抽象的で,実感がわきませんでした。
一方,生物の授業では「酵素」について学びます。
酵素は体の中で化学反応を進める“触媒”のような存在。たとえば,食べ物を分解してエネルギーを取り出したり,DNAを合成したりと,生命活動のほとんどに関わっています。ただし,酵素のすべてが単独で働けるわけではありません。
中には,「補助因子」と呼ばれる助けを必要とする酵素もあります。
補助因子には,金属イオン(Mg²⁺, Zn²⁺など)と,有機分子である補酵素(coenzyme)の2種類があり,
特に代謝のようにエネルギー変換を伴う反応では,補酵素の助けが欠かせません。
この補酵素の多くが,実はビタミン由来です。

たとえば,
- ビタミンB₁(チアミン)→ 糖代謝に関わる補酵素TPP(チアミンピロリン酸)に
- ビタミンB₂(リボフラビン)→ エネルギー産生を担う補酵素FADに
- ビタミンB₃(ナイアシン)→ 代謝の中心を担う補酵素NAD⁺に
このように,食事から摂ったビタミンは体内で形を変え,酵素の働きを助ける“名脇役”として活躍しています。
つまり,ビタミンは単に「体の調子を整える」ものではなく,生命の化学反応を円滑に進める潤滑油のような存在。
もしビタミンが不足すれば,エネルギーの産生もうまく進まず,体調不良や疲労感といった形で影響が現れます。
すべての酵素が補酵素を必要とするわけではありません。けれど,体内でエネルギーを作り出したり,代謝を回したりする酵素の多くは,ビタミン由来の補酵素なしでは働けない。
だからこそ,ビタミンは「調子を整える」どころか,生命活動そのものを支える,見えない要のような存在なのです。
生物学の知見を組み合わせれば,家庭科で学んだ内容がぐっと立体的になります。
科目間の横断があれば,「暗記」ではなく「理解」に変わるのに──。
そう思うと,当時の自分の学びがもったいなく感じます。
小さな“つながり”が生まれるとき
最近,子どもたちに読み聞かせている絵本『はらぺこあおむし』。
曜日や数の本として知られていますが,
実は「完全変態」という生物学の現象を見事に描いた絵本でもあります。
幼虫がたくさん食べて成長し,やがてさなぎになって蝶になる──
この変化の背後には,成長ホルモンのスイッチや,細胞の再構築という“生命のプログラム”が隠れています。
子どもと一緒に読みながら,私自身が「学ぶって,こういうことかもしれない」と感じる瞬間です。
点と点をつなげて,世界を少し深く見る。それこそが,学びの一番の喜びなのかもしれません。
おわりに
学生時代は“独立した点”にしか見えなかった知識が,
大人になって線でつながり,面となり,世界が立体的に見えるようになった。
もし学校が科目横断的に教えてくれていたら──そう思うこともありますが,
今は自分が親として,子どもたちにその視点を渡す番。
「これ,何の役に立つの?」ではなく,
「これ,どこにつながっているんだろう?」
そう考えられるような種まきを,日々の中でしていきたいと思います。







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