海外で2人の幼児を育てながらの毎日は,まるで終わりのないマラソンのよう。長女が生まれた直後にコロナ禍が始まり,夫と二人三脚で突っ走ってきました。
「シッター,頼みたいね」「掃除の外注もしたいな」—そんな会話をしながらも,結局私たちは “2人でなんとかする” 道を選び続けてきたのです。
とはいえ,海外生活には想像以上に不便なことも多く,日常の疲れがじわじわと積もっていきます。
たとえば我が家は和食やアジア系のご飯が中心なのですが,「今日はちょっともう作れない…」というとき,日本のようにすぐ手に取れるお惣菜や冷凍食品はほとんどありません。だから,元気なときの自分が,疲れたときの自分のために豚肉の味噌漬けや餃子を仕込んで冷凍しておく。そんな “未来への自炊” が欠かせないのです。
言葉や文化の壁の中で,ちょっとした手続きや対話でもハードルを感じ,自己効力感が薄れていくこともしばしば。安全な街とはいえ,外に出れば「この人は大丈夫か?」と察知するセンサーが無意識に働いてしまい,日本にいた頃よりも常に少し緊張した状態で生活をしています。
さらに,文化的な背景もあり,「一人で外食」がしづらい空気もあります。カウンターのラーメン屋,定食屋,ひとりカラオケ……。日本には “おひとり様” を歓迎してくれる空間がこんなにもあったんだ,と,離れてみて初めて気づきました。
目次
一時帰国という“呼吸”
昨年と今年の夏,私は一人で2週間,日本に一時帰国しました。
背中から羽が生えたような感覚。あまりの自由に,飛べるんじゃないかと錯覚したほどです。
スケジュールはすべて自分の都合で決められるし,予定変更も気兼ねなくできる。治安や時間を気にせず,東京という街をひとりで自由に楽しめる。
ふらっと一人カラオケに立ち寄ったり,友人との夕食の前後にゆったりと自分時間を満喫したり。友人を訪ねるついでに,一人旅を楽しみ,温泉宿に泊まって湯に浸かるーー普段シャワーだけの生活には染み入るほどの贅沢でした。

誰に遠慮することなく,ミーファーストで過ごす時間。これが,どれほど私の心を満たしてくれたことか。
家族の外に広がるつながりの大切さ
今回の一時帰国で再認識したのは,“家族以外のつながり” の重要性でした。
いくら家族を大切に思っていても,そこだけに依存していると,どうしても息が詰まってくる。気の置けない友人との会話,懐かしい景色,美味しいご飯 —そういったものたちが,少しずつ心のコップに水を注いでくれるのです。

子育てをしていると,自分のことはどうしても後回しになりがち。でも,「ママが満たされてこそ,家族に優しくできる」という,シャンパンタワーの法則を,私は今回,まさに身をもって体感しました。
「まず一番上のグラスが満たされてこそ、下のグラスにもシャンパンは注がれていく。」
— シャンパンタワーの法則
一人で飛び立つことを許してくれた人たちへ
この一時帰国は,家族の理解と協力がなければ絶対に叶いませんでした。
「少し一人になって,日本に帰ってきたら?」と背中を押してくれたのは,他でもない夫。
2週間,ワンオペで子どもたちを見てくれた彼には,本当に感謝しています。昨年は,実母もドイツまで来てサポートしてくれました。どちらも,私の羽休めを実現してくれた大切な存在です。
娘は,私の代わりになろうと一生懸命 “いい子” でいてくれた。夫の出張時と同じように,家族を支えようと頑張ってくれたのだと思います。その健気さに,胸がぎゅっとなりました。
とはいえ,2週間は少し長すぎたのかもしれません。娘はストレス反応が出てしまい,息子も寂しさを抱えていた様子でした。そして何より,私自身も,旅程の後半は家族が恋しくてたまらなくなりました。
離れてよりビビッドになった,家族への愛
日常の中でも,家族への感謝は常に感じています。
でも,物理的に距離を置いたことで,その思いがいっそう鮮明に,そして切実に胸に迫ってきました。
「もし家族と離ればなれになったら,私はきっと壊れてしまう」——そんな危機感すら抱くほどに,夫と子どもたちが私の人生の支えになっているのだと,改めて実感しました。
一緒に暮らしていると,その存在が“当たり前”になってしまう。けれど,当たり前こそが何より尊く,感謝を忘れずにいたい。そう心に刻みました。
おわりに:自分を満たす勇気を
母になっても,私はひとりの人間です。
泣きたくなる日もあるし,逃げ出したくなる日もある。そんな時に,「一人になりたい」と口にすることは,決してわがままではありません。
今回の一時帰国を経て,私は,母として,妻として,そして“わたし自身”として,また前を向いて歩き出せています。
これからも時々,自分の心を満たす時間を大切にしながら,家族とともに,日々を健やかに歩んでいきたいと思います。







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